うなぎのブログ

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「親になること」について考えてみた

 僕にはいま1歳半くらいの子どもがいます。自分自身が親になってみてはじめて考えることができるようになったこともそれなりにあると思っています。今回は、子どもってどういう存在なのだろう?とか、親子関係って何だろう?といったような育児ブログ的なことを書こうと思います。

 

◇親子関係の暴力性

 まず、自分が親になってみて思うようになったことがあるのですが、それは、赤ちゃんや小さな子どもというのは非常に暴力的な存在だなぁ、ということです。子どもについてのイメージというと、カワイイだとか純粋だとかそういうものがよくあると思います。もちろんその通りです。めちゃくちゃカワイイですし、すごく純粋です。僕の子は世界で1番かわいいと思っていますよ。でも実際に子育てしてみると分かるのですが、ちょっとしたことでも泣くし、すぐ暴れたり危ないことしたりで、本当に暴力的だなとも思います。そもそもウチの子は僕を叩いたりしますし、それどころか噛みついてきたりもします。これについてはもう比喩でもなんでもなく暴力でしょう。

 赤ちゃんや小さな子どもというのは暴力的である。まずこの認識が出発点になります。そしてこの子どもの暴力性こそが人を親にする、このようなことが今回の話の内容になります。

 

 子どもは暴力的な存在です。生まれたばかりの頃は夜泣きも当然しますし、だんだん成長して自我が芽生えてくるとワガママをたくさん言うようになります。しかし、赤ちゃんや小さな子どものそういった行動というものは大人とのコミュニケーションを図る上での主な手段になってもいるのだと思います。なぜなら、そのように泣いて喚いて大人に世話をしてもらわないと生きていけないわけですから。自分が生きるために暴力的に振る舞っているという側面もあると思います。そして子どもから暴力的な行為を受けたとき、大人は否応なくそれに応えてしまいます。子どもの方からしても、大人の反応が期待できなければいくら騒いだところで仕方がないわけです。だとすれば、これは一種のコミュニケーションであるといえるのではないでしょうか。

 

 では一方で、大人の子どもに対する行為はどうでしょう。小さな子どもはよく悪いことや危ないことをしますよね。子どものそういった行為に対して大人は静止したり叱ったりすると思います。こういった大人の、静止したり叱ったりという行為は子どもにとってはきっと暴力的に映っているのではないでしょうか。なぜなら「自分はこうしたい!」という欲求があるのにも関わらず、それを止められたりそれについて叱られたりするというのはかなり強制力のある暴力だと捉えることもできるからです。子どもが親に反抗するのもうなずけます。子どもにとって大人というものは自分を守ってくれる存在であると同時に暴力的な存在でもあるわけです。

 

 大人にとって子どもは暴力的である。一方で、子どもにとっても大人は暴力的である。これが何を意味しているかというと、親子関係というものはそもそもある種の暴力性を帯びた関係であるといえる、ということです。ただし、親子関係が暴力性を帯びた関係であるからといって、僕はこのことを必ずしも否定的なものとして考えているわけではありません。むしろこういった暴力性があるからこそ大人は子どもの身の安全を確保することができると考えています。さらには、大人の方はこの子どもの暴力性と係わることによってこそ親になっていくことができる、とも考えています。これは一体どういうことか。詳しく書いていきましょう。

 

◇暴力と主体化

 子どもの安全を守るという点についてはあまり説明はいらないかと思います。小さな子どもは勝手気ままに動きますし、そこに大人が無理やりにでも介入しないと本当に危ない場面も多々あると思います。もしかしたら、子ども同士のケンカなどで他の子にケガをさせたりするかもしれませんし、そういったことに対してはきちんと叱ってあげないといけない。むしろ大人が子どもに対して暴力的に関わることを徹底的に放棄してしまうことの方がよほど残酷だと思いますし、そもそもそんなことはおそらく無理だろうとも思います。大人がある種の暴力的な仕方でもってして子どもを守らなければ、今度は自然の暴力にさらされてしまうわけですから。

 

 では、子どもの暴力的な行為によってこそ大人は親になることができる、という点についてはどうでしょうか。もしかしたらこんなことを言うと「親は苦労して子どもを育てるべきだ」といったような根性論の類に受け取られてしまうかもしれませんが、僕が言いたいことはそういった旨の主張ではありません。むしろ子どもを育てるには力を抜けるところはできるだけ楽をした方がよいと思います。子どもの体力には勝てないですから。大人の方が先に疲れてしまいます。それに自分自身が疲れていると、つい子どもにもつらくあたってしまいやすくなるかとも思います。

 では何が言いたいのかといいますと、まず、そもそも小さな子どもは暴力的なコミュニケーションを取ってくる存在なのでこの暴力性とまったく関係しないまま子育てをすること、子どもと関わることはできないということ。さらに、大人は子どもから暴力的な行為を突きつけられたときそれに否応無く応答してしまうということ。そして、子どもの暴力とそれへの応答というコミュニケーションを繰り返していくことによってこそ大人は親になることができる、あるいは親という存在にさせられてしまう。こういったことを主張したいのです。

 

 赤ちゃんや小さな子どもは大人に対して、泣いたり喚いたりワガママを言ってきたり叩いたりと暴力的なコミュニケーションを取ってきます。それに対して大人はあやしたり制止したり叱ったりなどして応答します。そういったことを繰り返すことによって、大人は徐々に親という存在になっていくのだと僕は考えています。

 むかしミシェル・フーコーというフランスの哲学者がいたのですが、彼は、誰かによって何らかの行為をさせられてしまうこと、あるいは行為をしてしまうこと、その反復によってこそ人は主体化する、というようなことを言っていたと思います。この、行為の反復によって人を主体化させる力のことを、彼は「権力」と呼びました。

 

◇親子間の権力

 ここまでは、最近親になったばかりの僕自身の経験を基にして自分の考えを書いてきました。しかしここから先は、小学生や中学生といった比較的大きな子どもを想定した話を書いていきたいと思います。そのためここからは僕がまだ経験していない話、想像での話になってしまうので、実際に大きな子どもを育てられている方にとっては的外れなことを言ってしまうかもしれません。しかしそれを踏まえた上で、それでも暴力性や権力といった視点から理解できることもあるのではないか、と思いましたのでそれについて書いていきます。その話とは、いわゆる子どもを支配する・支配してしまう親といった現象がなぜ起こるのか?ということについてです。

 

 子どもが小学生・中学生というように大きくなってからも、親は子どもの行動に対して厳しい制限を課したり、親のもつ(子どもの)規範から少しでも逸脱すると激しく咎めたりしてしまい、それによって子どもがつらい思いをしてしまう。こういったことはそれほど珍しいことでもないような気がします。では、どうしてこういうことが起こってしまうのか。

 子どもがまだ小さい頃というのは、これまでも言ってきたとおり、暴力的なコミュニケーションを取ってくるのでこれに対して大人も応答します。僕は、このことが子どもの身の安全を守ると同時に大人を親として主体化していく、と言いました。

 しかし子どもがだんだん成長していくと多くの場合、小さい頃と比べてあまり手が掛からないようになっていくと思います。それは、子どもが親に対して行う行為がもっていた、ある種の暴力性が小さくなっていく、ということでもあります。するとどうなるかというと、子どもが親に対して行使することができる権力も小さくなっていくのです。権力とは先ほども少し触れたように、人に何かをさせる力、その反復によって人を主体化する力のことです。ではなぜ、子どもの暴力性が小さくなっていくと権力も小さくなっていくのでしょうか。

 それは子どもがそれまで行っていた、危ないことしたり泣き喚いたりといった行為をあまりしなくなると、親もそれに応答するかたちで子どもを危険から守る必要が少なくなってくるからです。これはつまり、子どもは成長していってしまうと昔のように親を簡単には動かすことができないようになるということでもあります。子どもが親を動員することが難しくなっていく、この過程のことを、子どもの親に対する権力が小さくなっていくこと、と呼ぼうと思います。

 一方で、子どもの方は幼い段階から成長して大きくなってくると、ある程度自律して、親の指示に従ったり意向を汲んだりといった行動がとれるようになってくるかと思います。すると今度は親の方が子どもに対して権力を行使することができるようになっていきます。つまり、親が子どもに何かしらの行為をさせることができるようになり、これを反復させることによって子どもは徐々に大人へと主体化していくことになります。

 子どもの親に対する権力は小さくなっていくのに対して、親は子どもに権力を行使できるようになっていく。この際、子どもと親の権力関係がちょうどよいバランスを取ることができればよいのですが、これはなかなかに難しい課題であるように思えます。子どもはどんどん成長していくので、ちょうどよい関係のあり方というのも刻々と変化していくでしょう。またその一方で、親の方はというと子どもはいつまでも子どものまま、というようについ思ってしまったりすることもあるのではないでしょうか。

 この親子間の権力関係の調整に極端に失敗してしまうこと、このようなことが子どもを支配する・してしまう親というものを生み出しているのではないでしょうか。

 

◇大人から親へ、親から大人へ

 大人は子どもによって親へとなっていきます。でもきっと、子どもの成長にしたがって親子の関係というのも変化していくものなのでしょう。この関係の変化に親が取り残されてしまった状態、これが子どもを支配する・してしまう親というものなのではないでしょうか。このような親の権力が過剰になってしまったような関係は、僕としてはあまり望ましいものには思えません。

 では、そのような関係に陥らないために必要なことは何か?それは、子どもによって親へとなった大人は、今度は、親から再び大人へとなっていくことだと思います。いうなれば、親から大人への再主体化、あるいは親というものからの脱主体化というようなことです。そこまで強い言葉で言い切れるほど単純なことでもないような気がしますが、言いたいことはおおむねそのようなことです。それまで背負っていた「親」という存在からだんだんと降りていくことによって親子の権力関係から徐々に身を引きはがしていくこと、それによって子どもや自分自身を自由にしていくこと、親子関係にとってこういったことも大切なのではないかと考えています。

 

◇限界や問題点はあるけれど…

 ここまで親子の関係について暴力性や権力という視点から書いてきました。僕がここで書いたことは、親子関係や子どもの成長といった多様で複雑なもの、そのほんの一側面を切り取っただけのものにすぎません。子どもの発達や主体化の過程、大人が親になる過程などに関しては、親子関係以外の社会や制度といったようなものの影響というのはとても大きなものでしょう。むしろ、いかにして親以外のものとの関係を取り結んでいくのか、ということ自体が子どもの成長のプロセスそのものであると言うこともできるのかもしれません。

 また先述したとおり、前半部分は僕が親として経験したことを基にして書きましたが、後半の比較的大きくなった子どもに関する記述についてはかなり想像に頼るかたちになりました。そのため、もしかしたら僕はまったく的外れなことを言ってしまっているのかもしれません。

 そして1番気がかりなのが、僕が「子どもから暴力的な行為を受けたとき、大人は否応なくそれに応えてしまう」と書いてしまうことで、たとえばネグレクトなどを受けていた方やいままさに受けている子どもなど、そういった方々がこれを読んだとき一体どのように思うのか?ということです。僕がここで親子の関係について言及すること自体が、その関係のあり様にあてはまらない方々を排除してしまっているのではないか、との思いが頭をよぎってしまいます。しかし先ほども言ったとおり、子も親も親子関係の中で完結した、自閉した存在ではありません。僕たちは社会や制度とも関わりを結び、より複雑で多様な関係の中を生きています。それなので、ここで僕が言ったことがすぐさま「ネグレクトを受けていた人は大人として主体化されない」とかそういったことへと繋がるとは思っていません。

 

 上記のように今回の話には数多くの限界や問題点があります。しかしそれでも、まがいなりにもいま自分が親になってみて、いや、親になっていく中で考えられるようになったことがあるということもまた事実だと思っています。ですので、いまの自分ができる範囲のことを少しでもいいから書き留めておこうと思い、今回の話を書きました。今後も子育てをしていく中で、そのときどきで感じたこと考えたことを大切にして、それを何かしらのかたちにすることができればいいなぁと思っています。

 

◇おまけ

 僕は前回、「「憐れみ」とは何か? 『ゲンロン0』を読んで」という記事を書きました。

 

unagi0829.hatenablog.com

  今回の親子関係の話は、この前回書いた話と繋がっているところがあるなぁ思ったので、それについて最後に付け足そうと思います。

 

 僕は前回の記事の中で東浩紀の『ゲンロン0』の、特に「憐れみ」の概念について触れました。憐れみについて同書では、「「われわれが苦しんでいる人々を見て、よく考えもしないでわれわれを助けに向かわせる」もの」(p198)と書かれています。

 ところで僕は今回の記事では、子どものコミュニケーションは暴力的であり、親はそれに対してつい応答してしまう、と書いてきました。

 僕はこの2つのことは実によく似ていると思うのです。赤ちゃんや小さな子どもが苦しんでいるのに、それを無視し続けるのは難しい。親子とは、東のいうところの憐れみの感情によって始まる関係といえるのではないでしょうか。

 

 また、僕の前回の記事の主題は、憐れみは能動態でも受動態でもなく中動態である、ということでした。中動態の概念については國分弘一郎の『中動態の世界』を参照したのですが、同書の中にフーコーの権力論について言及されている箇所があります。いわく、「権力の関係は能動性と受動性の対立によってではなく、能動性と中動性の対立によって定義するのが正しい」(p151)と。また、僕の今回の記事もフーコーの権力論を念頭に置きながら書きました。親が子どもの要請に応じて能動的に「行為する」のか?それとも受動的に「行為させられる」のか?國分の話に従えばこういった記述は正確ではなく、「子どもが親に権力を行使するとき、親は行為のプロセスの内にいるのだから中動的である」ということになるでしょう。

 

 親が子に対してもつものは憐れみであるということ。その憐れみが親と子の間にある種の権力関係を発生させること。そして権力は能動態と受動態の対立ではなく、能動態と中動態の対立によって記述するべきであること。これらのことを考えると、僕の今回の親子関係の話は、前回の「憐れみは中動態として理解するべきだ」という主張を別の角度から補強する話であるということができるかと思います。ですので、この点についても今回僕が不十分ながらもこの記事を書いた意味はあったかと思います。

 

 親子関係というのは憐れみの関係の一例だと言いました。でも、もしかしたら一例であるどころか代表例であると言えるのかもしれません。『ゲンロン0』の後半部分である第2部は「家族の哲学」と銘打たれていたわけですから。

 また、他の方にとってはどうかわかりませんが、少なくとも僕自身にとって子どもとは、紛れもなく「誤配」されたものでした。欲望に従って行動した結果、誤配されたものとしての子ども。親になった当初はどう接すればいいのかよくわからなかった子どもという存在も、それと接し続け、悪戦苦闘する中でだんだんと「子どもが何をしたがっているのか」といったようなこともわかるようになり、関係を深めていくことができる。このストーリーは東が『ゲンロン0』の中で語った観光客の姿そのものであるように思えます。邪推になってしまいますが、東の観光客の哲学はもしかしたら彼自身が親になったことで生まれてきた思想なのかもしれません。

 

「憐れみ」とは何か? 『ゲンロン0』を読んで

 最近、3冊の現代思想の書籍がほぼ同時期に発売され話題を集めている。東浩紀の『ゲンロン0―観光客の哲学』、國分弘一郎の『中動態の世界―意志と責任の考古学』、千葉雅也の『勉強の哲学―来たるべきバカのために』の3冊だ。

 ここでは、主に東浩紀の『ゲンロン0』に焦点を当てて、僕が考えたことを書いてみたい。

 

◇観光客の哲学

 『ゲンロン0』の中で東は、現代がどういった時代であるのかということについての見解を示している。世界のグローバル化が叫ばれて久しいが、現代において生じている事態は、ナショナリズムの時代からグローバリズムの時代へと単純に移行している、というようなものではないという。東はそこで「現代では、ナショナリズムグローバリズムというふたつの秩序原理は、むしろ、政治と経済のふたつの領域にそれぞれ割り当てられ重なり共存している」(p123-124)というイメージを提示し、それを「二重構造の時代」と呼んでいる。つまり、世界のすべての領域においてグローバル化が進行しているのではない。そうではなく、それは主に経済の領域、欲望の領域においてこそ進行しているのであり、政治、理性の領域においては依然として境界、国境が画定されたままである。東は、そのような二重構造の時代においては、グローバリズムに立脚したものでも、ナショナリズムに立脚したものでもない、新しい哲学を構想する必要があると主張する。それが観光客の哲学だ。

 

 では、観光客の哲学とは何か。これについては少々込み入った話になるのでなるべく簡潔に説明したい。まず、観光客についてだが、これはもちろん現実にただ観光旅行に行く人を指しているのではない。観光客とは、自らの欲望に従い動物的に行動する中で、それまで予想もしなかったようなものと出会う人、ここではそのような形象を名指す言葉とされている。観光客のこのような「配達の失敗や予期しないコミュニケーションの可能性を多く含む状態」(p158)を誤配と呼んでいる。

 

 先ほども少し触れたように、国家という水準においてはいまだに明確な境界線が引かれているにも関わらず、経済の水準において世界はすでに繋がってしまっている。観光客はこのグローバル化した世界を欲望のままに移動し、自分勝手に行動する。これまでの哲学はこのような一見愚かしくも見える観光客、あるいはグローバリズムを政治の領域から排除してきた。しかし東は、この観光客こそを哲学の俎上に乗せる。動物的な欲望によって移動し、消費を行う観光客、その観光客が欲望のままに動いた結果生じる偶然の出会い。この出会い、誤配によってこそ可能になる連帯の理想を掲げる。

 

◇憐れみのもたらす分断

 この観光客の哲学にとって欠かすことができない重要な感情が「憐れみ」である。人はもはや理性によって連帯することはできない。しかし人間の理性にではなく、動物的な感情である憐れみならば共有することができる。ルソーは社会が成立する要件として憐れみを挙げた。東もまた、憐れみの誤配によって再び社会を繋ぎ直そうとする。社会の繋ぎ直し、誤配によって連帯することを目論む『ゲンロン0』において憐れみは極めて重要な位置を与えられている。

 さて、ここで掘り下げていきたいのはこの憐れみの感情だ。東は人々の連帯を可能にする条件として憐れみに重要な役割を付したが、そもそもこの憐れみとはいかなるものなのか。ひとことで憐れみと言ってみせても、なんとも漠然としてる。この憐れみの概念を明確にするために、まず、同じ憐れみという言葉で表現できるような現象でありながら、東の言うそれとは異なるものだと思われる事例について紹介をする。そののち、國分弘一郎の『中動態の世界』を導きの手として、両者の違いについての整理を行っていく。そのような、一見すると似ているが実はまったく異なる位相にある概念との差を明らかにすることを通して、『ゲンロン0』における憐れみの姿を浮かび上がらせたい。

 

 東の言うそれとは異なる憐れみとは何か。それは、人と人とを結びつけるだけではなく、ときとして人々を分断する効果をもたらす、そのようなものである。そしてこれは現代においては顕著にみられる現象でもある。

 具体的には、西欧諸国への難民の流入とそれへの反動としてより激しくなった排外主義的な一連の動きがその一例である。2015年、中東やアフリカなど各地での内戦によって多数の難民が西欧諸国へと逃れていった。当時、西欧諸国には難民の受け入れについて慎重な姿勢もあった。しかし2015年の9月にシリア難民の子どもが溺死するという事故が起こり、その写真が世界中に広く拡散された。あの衝撃的な写真や、相次ぐ難民の悲劇的な出来事をきっかけとして、各国は難民受け入れの方向に舵を切っていった。このような事例はまさに、インターネットやその他の各種メディアで拡散されることによって、世界中の人々が憐れみによって連帯した実例といえる。

 

 しかし、大量の難民を受け入れた後、一体何が起こったか。2016年にイギリスはEU離脱を決定し、2017の年フランス大統領選では極右政党のルペンが決選投票に至るまで躍進した。そしてアメリカでも2016年末にトランプが大統領に選出された。これら一連の出来事は、難民・移民に対する否定的な感情を含みこんだナショナリズムの台頭を意味している。

 このような、一方で憐れみによって連帯し、他方で分断が生じてしまった出来事をどのように理解すればよいのか。この事例は「他者を憐れむべきだ」という倫理をもった人々と、「他者を憐れんでいる場合ではない。いまこの国に生きる私たちをこそ憐れむべきだ」という人々との憐れみをめぐる分断に他ならないように思える。

 難民を受け入れることは国家や国民に少なからぬコストを要求する。同様に、誰かを助けることには何らかの負担が伴う。そうであるとすれば、他者を憐れみ助けることができるのは、すでにある程度のものを持っている人間に限られてしまう。持たざる者は他者を憐れむどころか「この自分をこそ憐れんでくれ、助けてくれ」と言うことしかできない。

 いま、グローバリストとナショナリストを分断してしまっているのは、この、誰が憐れまれるべき人間なのか、ということをめぐる争いである。また、これはグローバリズムナショナリズムに限った話ではない。たとえば最近のジェンダーなどにおける議論に関しても事情は同じだ。女性の地位はかつての時代と比較すれば向上している。しかしそうであるが故にかえって、「いまや弱者とはむしろ男性のことではないのか」という言説も目立つようになってきている。現代にはこうした、弱者とみなされることをめぐる闘争はいたるところで生じている。

 

 このように見ていくと、ある種の憐れみは人々を連帯させるものであると同時に、「憐れむ/憐れまれる」というそれぞれの方向に分断をもたらすものでもあることが分かってくる。

 しかし東の言う憐れみは、上述したような事態とは異なったものであるように思える。なぜなら東のそれは、観光客が自らの欲望に従って行動する中で誤配されるはずのものであったからだ。先の事例においてグローバリストは少なくとも欲望に従って行動したようには見えないし、おそらくそれは誤配されたものですらない。このような憐れみは、東の言う憐れみとはまた別種のものであるはずだ。この点に対して、このような漠然とした直感に頼らないきちんとした整理を行わなければ、憐れみや誤配の概念、観光客の哲学についての誤解を招いてしまうおそれがある。

 

◇中動態の視点

 僕はそこでこの点を整理するために、憐れみを中動態の視点から見る、ということを提案したい。

 中動態の視点とは何を意味するのか。それは、する/されるという能動態/受動態の対立する世界観、そして意志の所在を尋問してくる言語を相対化する視点である。この視点を取り入れることで、東の言う憐れみについて先の事例とは区別したかたちで位置づけられるようになる。奇しくも『ゲンロン0』とほぼ同時に刊行された國分弘一郎の『中動態の世界』がその補助線となる。

 中動態は現在使用されている能動態でも受動態でもない、3つ目の態である。そのような神秘的なようにも思える中動態とは一体何か。國分はエミール・バンヴェニストを参照しながら中動態の説明を試みていく。

 

 國分によれば「かつて、能動態でも受動態でもない『中動態middle voice』なる態が存在していて、これが能動態と対立していたというのである。すなわち、もともと存在していたのは、能動態と受動態の区別ではなくて、能動態と中動態の区別だった」(p34)。そして、それは「中動態をそれ単独としてではなくて、能動態との対立において定義することを意味する」(p82)。

 僕たちは能動態と受動態を対立させる言語にあまりに慣れ親しんでしまっている。しかし言語の歴史を紐解くと、もともと能動態は受動態ではなく中動態と対立しており、受動態は中動態から派生してできた態であるというのだ。そして、能動態/受動態の対立から能動態/中動態の対立へと置き直したとき、必然的に、現在使用されている能動態の意味についての問い直しも要求される。「中動態を問うためには、われわれが無意識に採用している枠組み、われわれ自身を規定している諸条件を問わねばならないのだ」(p83)。

 

 では実際に、中動態、そして中動態と対立したときの能動態とはいかなる意味内容をもつのか。「能動と受動の対立においては、するかされるかが問題になるのだった。それに対し、能動と中動の対立においては、主語が過程の外にあるか内にあるかが問題になる」(p88)。

 同書の中で示されている例をいくつか挙げると、「彼は〔司法官として〕判決を下す」「統治者として統治すること」などは能動態であり、「彼は〔原告として〕訴訟を起こす」「政治に参加し、公的な仕事を担うこと」などは中動態に振り分けられる。

 司法官として下す判決は自分ではなく被告に対して作用する。同様に、統治者が統治するのは自分自身ではなく国家や市民である。したがって、主語は一連の過程の外側にいることになるので前者は能動態ということになる。

 一方で後者のように、原告として起こした訴訟には原告自身もその訴訟に巻き込まれることになる。また、政治へと参加し公的な仕事を担うのは他ならぬ自分自身である。このように、主語が一連の過程の内側にいる場合には中動態と呼ばれる。

 バンヴェニストはこの対立についてわかりやすく、能動態を「外態」、中動態を「内態」と呼び替えることを提案していたようだ。

 

 さらに、國分は中動態の歴史と意味について問いすすめた後、「能動態と受動態の対立は『する』と『される』の対立であり、意志の概念を強く想起させるもの」(p97)であるとして意志の問題について言及していく。

 かつて、能動態は中動態と対立しており、意志の存在を前景化する言語である能動態と受動態の対立は存在しなかった。このことの意味するところは何か。それは能動態が中動態と対立している世界においては「意志」という概念が存在しないという驚くべき事実である。すなわち、能動態/受動態の対立をあまりにも自然に使用してしまっている現在において中動態を復活させることは、僕たちが普段意識することなく採用している枠組み、意志という概念を所与のものとみなすこの世界から距離を取ることを可能にする。意志の存在は、実はまったく普遍的なものではなく、言語的な条件によって現れるものでしかなかったのだ。これらのことを明らかにしていく『中動態の世界』は、現在の、意志や責任の所在を尋問してくる言語や世界への抵抗の書物として読むことができる。

 

◇中動態としての憐れみ、その誤配

 さて、東による観光客の哲学では、憐れみは、人々の連帯を可能にするものであるという重要な位置を占めるのだった。しかし、ある種の憐れみは必ずしも連帯だけをもたらすのではない。それはときに人々を分断しさえする。一方で「他者への憐れみ」が、他方で「この自分たちこそを憐れんでほしい」という声が、人々を切断する。しかしそれは、東の言う憐れみとは何か違うものであるように思える。

 この違いを明確にするため、僕たちはここまで『中動態の世界』の概略についてほんの少しだけ触れてきた。その中で中動態の視点、つまり能動態と受動態の対立する枠組みから距離を取ることを可能にする視点が存在することを確認できた。その視点から、この、人々を連帯させると同時に分断をももたらす憐れみについて眺めると、実は、この憐れむ/憐れまれるという対立は能動態/受動態の対立に他ならないのではないか、という疑いが生まれてくる。 

 

 東が述べたものは「憐れみ」であり、「憐れむ」という言葉ではなかった。これは単なる修辞上の問題ではない。東の言う憐れみとは、先ほど触れた事例のような憐れむ/憐れまれるという問題とはまた別の位相にある。つまり、『ゲンロン0』の中で言及されている憐れみとは、能動態でも受動態でもなく、それとはまったく異なった枠組みに存在する、中動態であったとして理解することが適切である。中動態であるところの憐れみは、意志の力でもってして積極的に他者を憐れむのではない。それは、ただ、「わたしのなかに憐れみの感情が生じた」ということを記述するだけである。

 観光は憐れみを誤配する。誤配は偶然性に開かれており、それは意志の外部で起こる。人は自らが望んだものを望んだように誤配されることはできない。それはもはや誤配ではない。そのように誤配されるものとしての憐れみはもともと、能動態/受動態の対立する、意志という概念を前景化させる言語の枠組みでは捉えることができないのではないだろうか。

 

 先の憐れみをめぐるグローバリストとナショナリストの分断の事例とは、本来非意志であるところの憐れみという感情が、リベラルの「他者を憐れむべきだ」という命法の中に、言い換えれば意志の中に投げ込まれてしまったがために生じた事態であるように思える。

 この事例ではグローバリストが他者を憐れむことを意志し、直接に連帯することへと使用してしまったがために分断が起こった。しかし、観光客の哲学では憐れみはあくまでも誤配される。その誤配を通してこそ、人々は事後的に連帯することが可能になる。

 観光客の哲学を理解するためには、憐れみを、憐れむ(あるいは憐れまれる)ということと混同しないようにしなければならない。そのためにはこれを、意志という概念が存在しない言語の枠組みで、すなわち中動態的なものとして理解しておくことには一定の意味があるように思える。

 

◇ある種の変身論としての

 東は『ゲンロン0』の付論において、福島第一原発チェルノブイリについて言及している。「フクシマ」や「チェルノブイリ」という名は、多くの人々にとって原発事故や放射能汚染を強くイメージさせる。しかし実際に福島県に行ってみると、そもそも福島県は広く、多くの地域には原発事故の影響はほとんどないということがわかる。また、チェルノブイリ放射能汚染を受けた土地、というイメージとは裏腹にそこを訪れた多くの人はチェルノブイリを見て「ふつう」であるとの感想を漏らすのだという。観光客の哲学における憐れみとは、こういった訪れた先での偶然の出会いによって人々の変容を促すものである。

 

 グローバリストの憐れみ、いや憐れむべきだという命法は、直接に人々を連帯させようとしたが故に別のところで分断を生み出した。しかし誤配は、意志の外部との出会いをきっかけとして、ときにその人がいままで想像すらしなかったようなことを考えるようになるかもしれない、という可能性に開かれている。また、中動態とは主語が過程の内にあるような状態を指す言葉だった。憐れみの誤配による個人の考え直しの過程とは、まさにこのような、主語が自らの変容の過程の内にあるような状態である。それ故に、誤配されるものとしての憐れみは中動態として捉えることが適切である。そして、その考え直しの過程の中で人々の連帯が立ち上がってくる。そう考えていくと、観光客の哲学とは一種の変身論であるようにも思えてくる。

 

 『ゲンロン0』がある種の変身論であるとするならば、それは千葉雅也の『勉強の哲学』とはまた異なった仕方でのものということになるだろう。千葉の勉強論、変身論は理論上無限に連想される事柄を、自分にとって固有の「享楽」によって切断し、有限化することで実行される。一方、観光客の哲学は意志しなかったものとの偶然の出会い、誤配によって行われる変身論である。享楽による切断とは違った仕方での変身論。憐れみの誤配による変身論。

 ただし変身論は、そのままではそれを実践できる人間を限定してしまう。ごく一部の人々しか行うことのできない実践は、人々の連帯をもたらすというよりはむしろひとつのコミュニティをつくることに留まってしまうだろう。人々に連帯をもたらすためには、このある種の変身の論理を、何かしらの仕組みとして配備する必要があるように思われる。かつて東は『一般意志2.0』の中でそのその仕組みについての構想も示していた。この哲学が現実的な制度として実装される日が来るとすれば、それは一体いつ、どのようなかたちで実現するのだろうか。

「この世界の片隅に」から考えてみた「戦前/戦後」

 「この世界の片隅に」という作品が話題となっているので僕もマンガと映画両方観てみた。

 そこでまず感じたことは、この作品は何か1つの視点から「これはこうだ」と断じることができるようなものではないな、ということだ。様々に解釈ができるような仕掛けが作品全体の中に散りばめられ、それらを言葉によっていくら切り分けようとしても決して全てを汲み尽くすことができないような、そんな作品だと思った。実際、自分自身も読み直す度に違う発見や気づきがあったりした。

 そういった幾つかの気づきの中でここでは、僕がこの作品から感じた「この物語の行く末がまるで現在へと続いているようか感覚」について書きたい。それが今の僕たち、今の日本にとって重要なことを示唆しているような気がするから。

 

 日本の中で太平洋戦争をテーマにした作品はそのメディアを問わず数多く作られてきたように思う。それら「戦争もの」の作品の多くは往々にして「反戦」という命題を共有してきた。「この世界の片隅に」もそういった作品群のひとつとして見ることもできるのかもしれない。しかし、僕がこの作品から読み取ったものはそんな単純なものではなかった。

 そもそも太平洋戦争をテーマにした作品の多くが「反戦」という命題を主題としている背後には、人々が暗黙のうち共有している前提があるのではないだろうか。その前提とは「日本史における戦前と戦後の分断・断絶」であると僕は思う。

 戦後日本は自らを戦前/戦後に分断し、二重化した。そしてその一方の極ー戦前ーを自己否定し、すべての歴史的責任を帰属させることによって現在ー戦後ーを新たに創り出した。

 反戦という命題は「戦時中」を「現在」という時点からはそれと対照的なものとして描き出し、前者を悲劇と、後者を平和と結びつけることによって今後二度と戦争を起こさないようにしようという意図を持っているという点において、先の前提を共有していると言える。これはきっと平和な時代を持続させるための有効な手立てであるのだろう。

 

 しかし、僕が「この世界の片隅に」から読み取ったメッセージはこうした歴史の分断・断絶ではなく、むしろ過去から現在へと連なるその連続性だ。

 物語の中ではまず、何の変哲もない日常が描かれる。そして物語が進むにつれて生活の中に少しづづ戦争が侵入していくことになるのだが、そうやって戦争に翻弄されながらも生きてゆく登場人物たちの姿が強く印象に残っている。

 本作品には、戦争の悲惨さを劇的で衝撃的なものとして描くのではなく、人々の日常・生活の方から戦争を捉えようとする視点が貫通している。戦争という出来事の悲劇さそれ自体ではなく、悲惨な戦争に巻き込まれていく日常を捉えることでこの物語はドラマティックになることを拒否する。しかし、劇的であることを放棄したが故にまるで「私たちが体験した」かのようなリアリティを獲得した。そしてそのリアリティは、物語が作品の中で完結したものではなく今現在の僕たちにまで紡がれているような、そんな感覚をもたらしてくれる。

 

 そういった意味においてこの作品は太平洋戦争の「前」と「後」とで自己を分断・二重化する戦後日本史観に疑問を挟み込みんでいると見ることができるのではないだろうか?その時代がたとえどんな社会であれ、その中には日々生活をしていかなければならない人々が確かに存在する。そして人々の生活は社会的な要因に常に翻弄されながらも継続され、紡がれ、現在へと至っているはずだ。その日常の中には確かに各々にとって決定的な事件もあっただろう。だがそれでもその生活・日常は断絶したものではなく、人は連続した日々を生きていかざるを得ない。

 この意味において、本作品が描き出した日常は、トップダウン的な歴史観に対してアンチテーゼを呈していると見ることができる。

 

 僕は、歴史を過去/現在、悲劇/平和、悪/正義というように分断し、過ちを過去に押し付けることで悲惨さから逃れるのではなく、悲惨な過去と現在とは連続した一連なりの歴史であり、悲惨さをありのままのかたちで現在において引き受ける、ということの可能性を本作品から感じた。

 象徴的な出来事を軸に時代を区分することは、混沌とした過去の世界を秩序化するために必要な手法であるということは確かだろう。しかし歴史はありのままの事実を表すのではなく、僕たちに語られることによって区画整理されるテクストだ。僕の目には「この世界の片隅に」という作品が、そうした歴史化の過程で引かれた境界線を掻き乱す可能性を持ったものとして映った。